音楽とエロゲと哲学の庭

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なーんもない(短編小説)

「すごく、すっごくどうでもいい話をするんですけれど、カップ一杯のコーヒーに限界まで角砂糖を溶かしたことはありますか?」

 

 なんて訊かれて、僕はもちろんノーと答える。コーヒーに砂糖を入れるなんて主義に反するし、仮にそれを妥協したとしても、中学校の理科の実験じゃあるまいし、限界まで角砂糖を溶かそうだなんて幼稚なことはやらない。どうせ下の方に溶け残った砂糖をじゃりじゃり食べる羽目になるし、その限界点を見極めてストップしたところでコーヒーは究極的に甘い。究極的に甘いコーヒーっていうのはコーヒーじゃなくて「そういう」飲み物なんだ。僕はそれをありがたがって飲むタイプの人間じゃない。

 

「実はこれはどうでもいい話なんです」

「はあ」

カップ一杯のコーヒーに溶ける砂糖の量の限界なんて、今回はどうでもいいんです」

「じゃあ今回は、一体なにが重要なの?」

「ご覧ください」

 

 彼女はそう言って、目の前のパフェを指差す。

 

「パフェだね」

「パフェです」

「それが?」

「頂上にアイスクリームが乗っかっています」

「乗っかってるね」

 

 アイスクリームはパフェ全体に覆いかぶさるように、ぐでんと横たわっていた。端っこの方が徐々に溶けてきていて、液体になったバニラが下の階層に染み出している。

 

「アイスが溶けてきています」

「きているね」

「どうしてでしょうか?」

「どうしてかって言われても、そりゃあこのレストランの中が快適な温度に保たれているから、アイスクリームが暑い暑いと言ってうな垂れてるんだよ」

「軟弱ですね」

「酷だよ」

「どうして溶けると水になるんでしょう?」

 

 なんだろう。さっきから液体に溶ける砂糖の量とか、個体が液体になる理由とか、本当に中学校の理科みたいだ。次はムニエルでも頼んで「魚類の生体の観察をします」とかやり始めるんじゃないだろうか。死んでるし美味しく料理されちゃってるけど。

 

「分子の話だよ」

「分子ですか」

「暑くなると、分子は運動するんだよ。あいつらそういう質だから」

「それで形が崩れると」

「その通り」

「ならさらに運動したら?」

「気体になる」

「はへー」

 

 そんなこと改めて解説しなくても、彼女だって十分分かっているはずだ。恐らくは。

 

「でもでもですね、それも今回は大切なことじゃないんです」

「次はムニエル?」

「へ、ムニエル? なんの話ですか?」

「なんでもないよ」

 

 どうやらムニエルではないらしい。

 

 彼女は溶けかけのアイスクリームを上手にスプーンで掬いあげながら、こう言う。

 

「どうして空は青いのでしょう?」

 

 そう来たか。

 

 理科は理科だ。だけどアプローチがかなり違う。その理由を説明するためにはかなりの専門的な知識が必要であるが、生憎様そんなものは持ち合わせていない。

 

「元々は七色あったんだよ」

「ほう」

「月曜日から日曜日まで、毎日違う色に空は染まっていた。とてもとても昔の話」

「そうなんですか」

「けれど、ある日人間はこう言った。『黄色や緑の空なんてうんざりだ! この世界の空には、青空と夕焼けと、そうして目を休ませるための黒以外には必要なんてない!』ってね」

「なるほど、確かにその通りかもしれません」

「黄色の空なんて嫌だろうね」

「チカチカしそうです」

「まあそれで、空の色はその三色に落ち着いたってわけ。特に昔の人間が気に入っていた、心が落ち着いて活力に溢れる青色を主軸にして」

「感動的な創作話です」

「実話だ」

「んなわけ」

「んなわけないけどね」

「でしょうね」

 

 ま、神様なら実際そのくらいのぶっ飛んだことはしそうだけど。

 

「それで、そんな話がお望みで?」

「海が青いからなんて言ってたら怒ってました。でもこれは落第点です」

「落ちてるじゃん」

「再履してください」

「手厳しい」

「あのですね、あのですあのですですですね。本当に大切なことは、それでもないんです」

 

 彼女がそう言い終わることには、もうすでにパフェは空になっていた。

 

「じゃ、本当に本当に本当に大切なことは?」

 

 次は太陽系の話かもしれないと僕は身構える。

 

「本当に本当のことなんですけど、実はなーんもないです」

「ほう」

「実になーんもないです」

「なーんもないのか」

「なーーーんも」

「へえ」

「はい」

「そうなんだ」

「そうなんです」

 

 へえ。なんもないのか。

 

 うーん、なんだかそう言われるとその「なーんもない」こそが、絶対に解けない命題のような気がして僕はならない。最後の最後に、彼女から特大サプライズのプレゼントをもらってしまったような気分だ。

 

「お勘定はどうしましょう?」

「僕が払うよ」

「ありがたいです。実は…………」

 

 彼女はそう言って、自分の財布を逆さまにひっくり返す。レシートが一枚だけひらひらと落ちただけで、後はなにも落ちてこない。

 

「実は財布の中身もなーんもない」

「初めからそのつもりだったな」

「バレちゃった」

 

 うーん。その特大サプライズのプレゼント、もしかしたら命題でもなんでもなく、本当に「なーんもない」なのかもしれない。まあでも、少しは悩んでみるか。せめて一週間くらい。神様は一週間で世界を作ったんだから、僕だって一週間もあれば命題の一つくらい解ける。「なーんもない」かもしれないけど、「なーんもない」を必死で解くのって、それはそれで面白い。

 

ヒマワリ畑の下に彼女を埋める(短編小説)

 ここじゃないどこか、この世界じゃないどこか、ここよりも少し空気がきれいなどこか、ここよりも少し風が優しいどこか、ここよりも少し月がきれいなどこか。

 

 そんな場所がきっとあって、そこには広大なヒマワリ畑がある。

 

 ヒマワリ畑のヒマワリたちは、太陽なんかじゃなくて、月に向かって咲いている。

 

 みんな月の光に顔を向けて、ゆらゆらと揺れている。

 

 どうしてそうなのかって?

 

 …………どうしてだろうね。

 

 でもさ、もしも僕がカミサマだったらさ、太陽に向かって咲くヒマワリは、きっとキライになっちゃうと思うんだ。

 

 …………忌々しい、憎たらしいってね。

 

 だからさ、きっとカミサマもそうなんじゃないかな。

 

 憎たらしいって、忌々しいって、カミサマも思うんじゃないかな。

 

 だからさ、そのヒマワリたちは月に向かって咲くんだ。

 

 みんなみんな、ヒマワリたちは夜に咲き誇るんだ。

 

 カミサマがそう作り替えたから。

 

 …………。

 

 でもさ、やっぱりヒマワリは太陽に顔を向けるんだよね。

 

 僕の中のカミサマと、どうやらこの世界を見降ろしている神様っていうのは違う存在らしくてさ。

 

 この世界のカミサマは、太陽に顔を向けるヒマワリを、忌々しいって、憎たらしいって、そう思いはしないんだろうね。

 

 まあ、それはとっても、正しいことだと思うんだけど。

 

 だってさ、やっぱり夜に咲くヒマワリなんておかしいよ。漢字で日に向かう葵でヒマワリって書くしさ。やっぱり、太陽に向かうヒマワリが正しいんだよね。この世界ではさ。

 

 でも僕は、まだまだそれを受け入れられないな。

 

 まだ、夜のヒマワリを望んでしまうな。

 

 …………でも、こうも思う。

 

 太陽の下で優雅に咲き誇るヒマワリを愛せたとき、それを認めることが出来たとき、僕はきっと色んなものを許せたり、色んなものを認めたり、色んなものを抱きしめたり出来るようになって…………。

 

 …………ちょっとは、笑って生きられるようになるんだろうなって、そう思うんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ヒマワリ畑の下に埋めてくれ、なんて言われたとき、人はどう返事を返すのが正しいのだろう?

 

 そんなこと、出来ない。

 

 こうだろうか?

 

 分かった、埋めてあげる。

 

 こうだろうか?

 

 どちらが正解なのか、僕には分からない。

 

 でも、僕はこう言った。

 

「いいよ」

 

 僕がそう言うと、彼女は笑った。

 

 そうして僕たちは、三十四度の気温の中、二人で電車に揺られていた。九州にあるという彼女の死に場所へと行くために、在来線を乗り継いでいた。

 

 新幹線を使ったらいいんじゃないかと僕は提案したけど、彼女は首を横に振った。

 

「景色をずっと見ていたいの。こうやって電車に乗りながら、ゆっくりと流れていく景色をずっと見ていたいの。名前も分からない山とか、ビニールハウスの大群とか、街の中の喧騒の音とか、川の水面の揺れとか、真っ暗な夜道の街灯とか、そういうのをずっと見ていたいの」

 

「景色、見るの好きなの?」

 

「どうだろうね。キライじゃないよ。でも、それが好きなのかはよく分からない」

 

「ふーん」

 

「ただ、今は景色を見たいなあって、そう思ったんだ」

 

「どうして?」

 

「どうしてだろうね。景色なんて、別に興味なかったんだけどね、なんだか今から死にに行くんだと思ったらね、こんな景色もまあいいものなんだなあって、そうぼんやり思ったの。ちょっとはきれいだなって、そう思った」

 

 平日の田舎の在来線、さらに時刻はお昼。乗っている人なんて僕たち以外にはいなかった。僕たちだけがこんなちっぽけな棺桶に詰められて、真夏の太陽の下でがたんごとんと左右に揺られながら、僕らの身体は等速で運ばれていく。

 

「ね、どうしてオーケーしてくれたの?」

 

「ヒマワリ畑の下に埋めてくれって話を?」

 

「そう」

 

 僕は窓の外の畑をぼーっと眺めながら、それについて考えを巡らせた。

 

 どうして、僕は頷いたのだろう。

 

 そんなこと、出来ない。

 

 どうしてそう言わなかったのだろう。

 

 きっと僕にもうちょっと勇気があって、そうしてもうちょっと傲慢だったのなら、そんなことは出来ないと言ったに違いない。

 

 けれど、本当の僕に勇気なんてものはなくて、そうしてさっぱり傲慢なんかでもなかった。だからこそ、彼女の不可思議な提案に乗ったんだ。

 

「さあね。じゃあ君はどうしてヒマワリ畑の下に埋めてくれって頼んだの?」

 

 僕がそう訊くと、彼女はくすくすと笑った。

 

「ヒマワリを愛してるから」

 

「はあ」

 

「あ、変な女って思ったでしょ?」

 

「初めっからずっとそう思ってる」

 

「ひどいなあ」

 

「ヒマワリ畑の下に埋めてくれって頼む女が、まともなはずがない」

 

「まったくその通り」

 

 電車が途中駅に着いた。まだ目的の駅なんかじゃないのに、彼女はそそくさと降りていく。

 

「あ、ちょっと! ここじゃないでしょ!」

 

「降りたいと思ったの。だから、降りましょ?」

 

「めんどくさい女だ」

 

「なーんだってー?」

 

「はいはい…………」

 

 この不思議な旅は彼女に始まって彼女に終わる。僕はただ彼女についていって、彼女のやりたいことに振り回されるだけだ。最初から最後まで。

 

 降りてみると、そこは無人駅だった。寂れた看板とベンチだけがホームには置いてあって、周りは田んぼに囲まれている。舗装された道は四方に伸びているけれど、どこを辿っても終わりは見えなかった。

 

「んー、暑いねえ」

 

「夏だから」

 

「降りたの間違いだったかなあ。ここなんにもないや」

 

「君が勝手に降りたんでしょ…………」

 

 僕はホームに掲示してある時刻表をみた。現在時刻が十三時二十分で、次の電車が十四時五十分。あと一時間半もある。

 

「どうするのさ」

 

「虫取りでもする?」

 

「まさか」

 

「駄菓子屋とかない?」

 

「見渡す限りの田んぼ」

 

「つまんないなあ」

 

 彼女はベンチにぼすんと腰掛けると、溶けかけのアイスクリームのようにぐでんと横になった。

 

「ベンチ、熱くない?」

 

「んー、熱いけど、それよりも疲れた」

 

「そう」

 

 もうこれ以上座るのはごめんだったので、僕はベンチの横に立っていた。冷房のある車内から出てきたから、外の茹だるような暑さは身に染みる。ただ立っているだけだっていうのに、背中からはじわじわと汗が滲んでいくのが分かった。

 

「小さいときさあ、ヒマワリ畑に連れていってもらったことがあるんだよね」

 

「そうなんだ」

 

「うん。本当に小さいころだったからあんまりよく覚えてないんだけど、とにかくすっごくきれいだったの。私の背よりも大きいヒマワリが、みんな太陽に向かって咲いている。その光景が印象的だった。どのヒマワリも、なにも疑うことなく、太陽の方を向いているの。なんだかね、それってとっても変だなあって。だってさ、中には、「そんなことやってられねー」って言って、そっぽ向いちゃう子もいるはずじゃん。そういう子がさ、太陽に背を向けて咲いていてもおかしくはないじゃん。でも、みんな太陽の方を見てるんだよねえ。なんか、すっごい不思議でさ」

 

「…………それが、ヒマワリ畑に向かう理由?」

 

「さあ、分からない」

 

 僕は彼女がどうして、ヒマワリ畑の下に埋めてくれ、なんて僕に頼んだのか、その理由をしらない。それと同時に、彼女もまた、どうして自分がそう僕に言ったのか、分からないのかもしれない。ただ確かに、彼女は僕にそう言って、僕はそれを了承して、こうして電車に揺られ続けていた。ただそういう結果があっただけで、初めっから理由なんてものはありはしないのかもしれない。あるいは、理由はあるのだけれど、それを認めたり、暴いたり、そうして理解したりすること自体が、間違っていることなのかもしれない。

 

「…………私は、そっぽ向く子に育っちゃったから」

 

「それでも、ヒマワリを愛してるの?」

 

「うん。だって好きだもん。いや、本当は、好きって信じ続けたいだけなのかもしれないけどね。そっぽ向くヒマワリがいたらさ、夜に咲くヒマワリがいたらさ、多分本当に好きになったと思うけど」

 

 夜に咲くヒマワリ。

 

 きっと僕らは、そんな存在なんだろうな。

 

 太陽に顔を向けることが出来ない。

 

 けれど、ヒマワリであることを捨てる勇気もない。

 

 ヒマワリであることに縋っている、ヒマワリの成りそこない。

 

 きっと僕らは、そういう存在。

 

 けれど、そんなヒマワリは存在しないんだ。

 

 ヒマワリはみんな、太陽に向かう。

 

 だから僕らは、太陽の方をちゃんと見るか、あるいは枯れるか、その二つしかない。

 

 けれど僕はまだ、そのどちらも選ぶ勇気がない。

 

 空想上のヒマワリの存在を、信じ続けることを止めることが出来ない。

 

 僕には、まだ…………。

 

「でもね、そんな子はいないんだよねえ。みんな、太陽を見ているんだよ」

 

「…………そうだね」

 

「どうして太陽を見なきゃいけないんだろう。熱いだけなのに、それにお肌にも悪いし、目はくらくらしちゃうし、全然いいことなんてないのになあ…………」

 

「どうして、それでも太陽を見ちゃうんだろうなあ…………」

 

 彼女がそう呟いた後で、僕らの間には静寂が横たわった。うるさいセミの鳴き声だけが、僕らの隙間を無意味に埋めてくれる。

 

 時間だけがゆるやかに流れる。

 

 僕らの間には無言が横たわる。

 

 汗は滲んでいく。

 

 僕はベンチに座ることにした。ボロボロのベンチに僕が座ると、ぎしりと悲鳴を上げた。

 

「んー、そっからなら、ワンチャン見えちゃうかもね」

 

「なにが」

 

「パンツ」

 

「見ないけど」

 

「見てもいいよ」

 

「見ないっての」

 

「どーして?」

 

「見る理由なんてない」

 

「そういうところ。君のいいところで、ダメなところ」

 

 意味が分からない。

 

「どういうことさ」

 

「いずれ分かるんじゃないかな。君が大人になったときにでも」

 

「パンツを見ることがいいことだと?」

 

「例えだよ、例え。まあ、きっといつか分かるよ」

 

 そう言うと、彼女は身体を起こして僕にずいと迫る。鼻と鼻がぶつかり合って、彼女の意気揚々とした呼吸が僕の唇を撫でた。

 

「ね、キスしよっか?」

 

「なにを…………」

 

 僕が言い終わらないうちに、彼女は僕の頬に優しく手を触れて、そのまま唇を近づける。

 

 恒星みたいな球体。

 

 銀河みたいな表面のつや。

 

 重力によって吸い込まれそうになる。

 

 そんなものが、ずっと目の前にあった。

 

 彼女の瞳。

 

 意味が分からない。

 

 本当に、意味が分からない。

 

 けれど、だからといって、突き飛ばすのだっておかしな話だ。

 

 彼女は目を閉じる。

 

 けれど僕は、ずっと目を開いたままで、彼女のまつげを眺め続けていた。

 

 きれいだと思ったし、なんだかそれに触れてみたいとも思った。

 

 そうしていると、彼女の目が突然開かれる。

 

「だから、そういうところ」

 

 そうして、デコピン。

 

「いたっ」

 

「もっと大胆になること」

 

「なに、それ」

 

「これでヒントはおしまい。後は自分で気づいてみて」

 

「…………よく、分からない」

 

 どういうところなんだろう。

 

 まったくもって検討がつかなかった。

 

 

 

 

 

 一時間半後に来た電車に揺られ、終点の駅で乗り換えをして気がついた頃には、もう日が沈みかけていた。遠くの山にカラスが帰っていって、僕ら二人の身体には茜色の夕日が差し込まれて、僕は思わずあくびをした。目の端に溜まった涙を擦りながら、ぼんやりと考えごとをする。

 

 今頃、僕の両親はどうしているんだろうか。

 

 彼女の両親は、どうしているんだろうか。

 

 きっと、突然失踪した我が子のために、警察にでも駆け込んで捜索願を出しているだろう。どこかにいるはずの僕らを探すために、血眼になって近隣を探し回っているんだろう。事件にでも、事故にでも巻き込まれていたら、それこそ想像もしたくないような恐ろしい事実が起こっていたとしたら。そんなことを考えながら、でもそんなことは絶対に起こっていないと信じながら、僕たちを探し待っているんだろう。

 

 でも、彼女はヒマワリ畑の下に埋められる。僕の手によって埋められる。

 

 バレるだろうか、バレないだろうか。

 

 どこまで知られるんだろうか。

 

 僕らが二人で九州まで行ったことは、きっとバレるだろうな。その後、僕が彼女を埋めたことはどうだろう。まあこれもきっと、バレるに違いない。

 

 だからって、そんなことはどうでもいいように思えた。それで僕が少年院にでも送られようが、そんなことはなにも問題ではないような気がした。

 

 だってどう考えてみても、その意味不明で突飛であるはずの彼女の提案は、僕にとってはとてつもないほどにきれいで、とてつもないほどに正しくて、そうしてとてつもないほどに苦しいものだったのだから。

 

 だからこそ、なにも問題ではないと信じられた。

 

 それは絶対に、絶対に正しいって思えた。

 

 倫理だとか、法律だとか、そんなものが僕らを縛りつける中だからこそ、彼女の非倫理的で反法律的な願いは、どんな夜空の星々よりも輝いてしまうんだ。

 

「今日中に九州に着くよ」

 

 彼女はそう言うと、僕の肩に頭を乗せる。

 

 それは昼間のような、僕を挑発するような、僕のなにかを試すような、そういう行為じゃないことは分かり切っていた。

 

 だから僕は、なにも言わずにずっとそうしていた。彼女の髪の毛が僕の右肩に垂れ下がって、そんなときになってやっと僕は、彼女の髪の毛はこんなに長かったのか、なんてことを思った。

 

 そんなことに、今さらになって気がついていた。

 

「早かったね」

 

「そうかな? 私は結構長かったなあと思うけど」

 

「おしりがカチカチだ」

 

「下ネタ?」

 

「僕、結構真面目な話をするのかなと思ってたんだけど」

 

「照れ隠しだよ」

 

「照れてるの?」

 

「素直になるのは苦手なの。君は分かってると思うけどね」

 

「そうかな」

 

「そうだよ。からかわないとダメなんだ。そういう人間なんだ。今だって、この肩の理由を必死に考えている。疲れたから、眠いからって、そうやって必死に理由を考えてる」

 

 僕は座席の上に放り出されていた彼女の左手の上に、自分の右手を重ねた。僕よりも一回り小さな手。僕みたいに筋張ってなくて、僕みたいに筋肉質じゃなくて、僕みたいに色が黒くない、そういう手。

 

「んー、君から仕掛けてくるなんて。なにを要求されちゃうんだろ」

 

「別に、なにも要求しないよ」

 

「ほんと?」

 

「僕も、今すっごく理由を探している。たまたま場所を変えたら重なったっていうのが第一候補」

 

「それで、君はどんな言い訳を選んだの?」

 

「繋ぎたかったから」

 

 僕がそう言うと、彼女はもぞもぞと左手を動かして、僕の右手に指を絡ませる。

 

「肩はね、そうしたかったから。そうしてこれも、そうしたかったから」

 

「…………うん」

 

「君との旅、すっごく楽しかったよ。私について来てくれてありがとう」

 

「僕だって…………僕をここまで連れてきてくれて、ありがとう」

 

「帰りは一人だけどね」

 

「それだけは今のうちに散々呪っておくよ」

 

「え~天国行けないじゃんか~」

 

「そんな呪い一つで行けなかったら、天国なんて誰も行けやしないよ」

 

「ま、それもそっか」

 

 彼女はそう言うと、けらけらと笑った。

 

 僕はなんだかそのときになって初めて、彼女のホンモノの笑顔を見たような気がする。

 

 だからこそ、とてもうれしかった。

 

 僕も、少しぎこちなくだけど、本当にぎこちなくだけど、小さく笑った。でも、それは今までのどんな笑顔よりも確かなものだと思ったし、そういう笑い方が自分は出来るんだと思って、驚いてもいた。

 

「あ、君が笑うところなんて初めて見たよ。ねえもう一回笑ってよ」

 

「はいはい、もうおしまいですよ。理由もなく笑えません」

 

「ケチだなあ。笑ってくれたらパンツ見せてあげるよ?」

 

「だから、見ないっての」

 

 仕方がないから、もう一度笑った。

 

 今度はさっきよりも、もっと自然に。

 

 

 

 

 

「私が小さいときに来たヒマワリ畑って、ここらしいんだ。だからここで、私の旅は終えたいと思うよ」

 

 彼女はそう言って、一面に広がるヒマワリ畑に向かって両手を広げた。月明かりと星のわずかなきらめきに照らされて、まるでなにかの儀式でも行うんじゃないかと錯覚するほどだった。

 

 ヒマワリはみんな同じ方を向いていた。きっとその方角が、もっとも太陽がよく当たる方角なんだろう。その方角に向かって、みんなが同じように、一斉に向き合っている。

 

 でもそれは、なんだか少し悲しい風景だった。

 

 きっと朝になって、昼になって、地上に太陽の光が降り注げば、それは普通のヒマワリたちなんだろう。けれど、今この瞬間に咲いているヒマワリたちは、みんなありもしない太陽に向かって必死に背伸びをしている。

 

 夜に咲くヒマワリ。

 

 僕は、それを思い出す。

 

「ほら、もうさっさと掘っちゃおうよ。うだうだしてたら日が昇っちゃう」

 

「…………そうだね」

 

 僕と彼女はシャベルを持って、ヒマワリが咲いている目の前の土を掘った。土は僕が想像していたよりも柔らかく、この分だと朝までにはなんとか彼女が収まるくらいの穴は掘れそうだった。

 

「まったく、自分が埋まるための穴を自分で掘るなんて思わなかったよ」

 

「まさに、墓穴を掘る」

 

「あはは、言えてる」

 

 僕らはそんな会話をしながら、彼女が死ぬための穴を掘っていく。

 

 僕は今、彼女を殺すために穴を掘っているんだ。

 

 なんだかそれは、とてつもなく苦しい作業だった。

 

 死ぬんだってことはずっと前に理解していたのに、僕はそれをどこか他人事だと考えていた。

 

 そうだ。

 

 僕が、彼女を殺すんだ。

 

 他の誰でもない、僕が殺す。

 

 そう思うと、手は自然と止まった。

 

「…………後悔してる?」

 

 彼女が、そう問いかける。

 

「…………どうして、死ぬの?」

 

 僕が、そう問いかける。

 

「君はどうして生きるの?」

 

 それは…………。

 

「君はどうして生まれたの?」

 

 そんなの…………。

 

「君はこれからどうするの?」

 

 なにも…………。

 

「君は、生きていて幸せ?」

 

 …………。

 

「君は、生きていて幸せ?」

 

 答えられなかった。

 

 なにも。

 

 なに一つとして、僕は答えを持っていなかった。

 

 どれもこれも、遠ざけていた。

 

 どれもこれも、見ないフリをしていた。

 

 どれもこれも、鈍感なフリをしていた。

 

 どれもこれも、知らないフリをしていた。

 

 彼女だけが、真剣に向き合っていた。

 

 彼女だけが、そんな命題に向き合っていた。もがきながら、苦しみながら、平気な顔をしながら、冗談を飛ばしながら、そんな命題に挑んでいた。

 

 …………僕だけが、いつまでも愚かなままだった。

 

「あはは、そんな苦しそうな顔しないでよ。ごめんなさい。いやなら帰った方がいいよ。ここにいたら、君は犯罪者になっちゃうよ」

 

 どうでもいいと思った。

 

 そんなこと、問題でもなんでもないと思った。

 

 だってそれは正しくて、だってそれはきれいで、だって、だって…………。

 

 だから、躊躇なんてしないって思ってた。

 

 でも…………。

 

 僕の手は、止まったまんまだった。

 

「…………ほら、さっき来た道を戻れば駅まで行けるから。駅前に警察署があったでしょ? あそこまで行って、家出だって言えばいいだけだよ。ね、もう私につき合わなくていいからさ。そうしてよ」

 

「僕は…………」

 

 僕は…………。

 

 僕は…………僕はどうして彼女についていったんだろう。

 

 彼女は、どうして僕に声を掛けたんだろう。

 

 誰でもよかったはずなんだ。僕じゃなくたって、ほかの誰かだって、ヒマワリ畑の下に埋めてくれなんて願いを叶えることは出来るんだ。それこそ、僕なんかじゃなくても、お金を握らせれば我先にと名乗り出る人間はごまんといる。それなのに、彼女は僕に声をかけた。

 

 …………あの、教室で。

 

 

 

「ね、血出てるよ? 絆創膏あげる」

 

「…………ありがとう」

 

 思えば、出会いはそんなみっともないことからだった。

 

「殴られちゃったの?」

 

「…………」

 

 そうだ、とも、違う、とも言えなかった。

 

 どっちを選んだって、間違いのような気がしたから。

 

「顔上げてごらん? 見てあげる」

 

「そんなの…………」

 

「いいから」

 

 そう言って、彼女は僕の顔を両手でがっしりと掴んで、まじまじと見つめた。正直に言って、恥ずかしくてありゃしない。

 

「んー、おでこちょっと切れちゃってるね」

 

「そんなの、放っておけば勝手に治るよ…………」

 

「ダメだよ。身体の傷なら隠すことは出来るけど、顔の傷はそうはいかない。ちゃんと跡が残らないようにしなきゃ」

 

 そう言って、おでこにぺたんと絆創膏を貼りつける。

 

 ああ、もうやめてくれ。

 

 こういうお節介が一番苦痛なんだ。

 

 自分が惨めて情けなくて、堪らないから。

 

「ね、ヒマワリ畑の下に私を埋めてくれない?」

 

「……………………は?」

 

 …………なんて言った?

 

 ヒマワリ畑の下に、埋める?

 

 突然、なんの話だ?

 

 まったく意味が分からない。

 

 けれど。

 

 彼女がそう言って伸ばした左手には、僕と同じ『しるし』がついていた。

 

 その『しるし』のわけを、僕は知らない。

 

 けれど、知りたいと思った。

 

 だから僕は、こう言ったんだ。

 

「…………いいよ」

 

 僕がそう言うと、彼女は笑った。

 

 

 

 

「…………ねえ、教えてよ」

 

「うん?」

 

「…………左手の傷の理由」

 

 彼女の左の手のひらには、ナイフでずたずたに切り裂いたような、彼女の白い手には似合わない赤黒い線がいくつも伸びていた。

 

 決して消えない、深い傷。

 

「…………もう、遅いよ」

 

「…………」

 

「もっと早く訊いてよ」

 

「だって…………」

 

「君にこの手のひらを伸ばしたときから、ずっとずっと待ってたんだけどなあ」

 

「ご、ごめん…………」

 

「いいよ。教えてあげる」

 

 彼女は地面を掘る手を止めて、少し俯きながら話を始めた。

 

「ヒマワリ畑にもう一度行きたいって思ったときには、ママは死んじゃってた」

 

 息を呑む。

 

「ね、実の肉親に死ねって言われたことある?」

 

「…………ない」

 

「あれ、結構キツいんだよね。だってさ、赤の他人からそう言われても、うるせーばーかって言えるけどさ、肉親って、私を育ててくれた、血の繋がった家族なわけ。その肉親からそんな言葉を言われるってさ、私っていう存在が、もう否定されてるってことじゃん。もっと分かりやすく言えばさ、私なんて生まれるべきじゃなかったって言われてるってこと」

 

 けらけらとそう語る彼女の顔は、あまりにも苦しそうだった。

 

「私にそんなことを言うパパだけど、唯一パパが、私を愛してくれる瞬間があった。それが、怪我をしたとき。そのときだけは、ママが死ぬ前のパパに戻ってくれた。だから私は、パパと二人で『正しい家族』という絵を描くために、こうやってずっとずっと、左手に線を足し続けた」

 

「…………でも、あのとき傷はもう全部塞がっていた」

 

「最愛の人が死んでさ、その最愛の人によく似た娘がさ、左手にナイフで傷を作ってさ、ねえ、パパ愛して、ほら愛してよ、なんて言い続けてさ、まともでいられるわけはないんだよね。そんな当たり前のことに気がついたときには、もうパパも死んじゃってた」

 

 それは全部全部、僕がどうでもいいことで悩んでいた間に、彼女が内側に溜め続けた痛み。僕が拳で殴れるより何十倍何百倍も痛く深い傷を作りながら、それでも彼女はそんな素振りすら見せなかった。

 

 …………一人でずっと、苦しみ続けていた。

 

「君の傷を見たときにさ、ひどい話だけど、私と同じだと思ったんだよね。ああ、この人も、私と同じ傷を持っているんだなって思ったの。種類の違う傷だけど、きっと感じてる痛みは同じなんだって。だから、君を誘ったんだよ?」

 

 そう言って、今度は自然に笑う。

 

「ありがと」

 

「…………僕は、なにもしてない…………」

 

「君はそう思ってるかもしれないけどね。君っていう存在は、私にとってはとってもありがたかったんだよ。それ、ちゃんと信じてあげてほしいな。自分自身を、もっとちゃんと信じてあげてほしいな」

 

 彼女は言い終わると、またシャベルを持って土を掘り始めた。

 

「帰った方がいいよ。旅をしてきて分かったんだ。君は、今すぐ帰った方がいい。無責任なことを言うけれど、君はこれから幸せになれるから」

 

 そうした方がいいんだろう。

 

 こんなことは言いたくないが、僕は彼女より恵まれている。両親だっている、学校のあれだって、僕の行動次第では簡単になくなる。

 

 彼女の言った通り、僕はまだ幸せになれる。

 

 …………なにもかもを失った、彼女と違って。

 

 でも。

 

 それでいいのか?

 

 本当にそれでいいのか?

 

 

 ……………………それで、幸せだって胸を張って言えるのか?

 

 

 …………。

 

 …………言えないだろ。

 

 そうだろ、言えないんだ。

 

 そんな結末、僕は望んじゃいない。

 

 僕だけ一人で勝ち逃げなんて、あまりにも虫がよすぎる。

 

 そんなの、フェアじゃない。

 

 そんなの、幸せじゃない。

 

 …………こんなときになって、僕は最低な考えが浮かんできてしまった。

 

 でも、きっとこれで合ってる気がするんだ。

 

 これが正解だと思う。

 

 だから僕は、もう一度シャベルを手に取った。

 

「…………後悔するよ?」

 

「後悔させてほしい」

 

「そ、そんなこと言われたら、好きになっちゃうよ…………」

 

 やめてほしい。

 

 僕の方は、もうずっと前から好きだったんだから。

 

 

 

 

 

 もう大分、地平線も白んできた。彼女は取り出した睡眠薬をペットボトル飲料で流し込み、いそいそと穴の中に入って行った。

 

「じゃあ、私が眠ったらお願いね」

 

「うん」

 

「それまで、話でもしてよっか」

 

「うん」

 

「楽しかった?」

 

「楽しくなかったら、途中で逃げ出して帰ってるよ」

 

「あはは、確かに」

 

「そっちこそ、本当に僕でよかったの?」

 

「後悔なんて一つもない。君を選んで本当によかった」

 

「そう言われると、ちょっと照れる」

 

「散々照れてよ。私という人間を君に刻み込んで、死ぬまで忘れないようにしてあげる」

 

「もう絶対、こんなこと忘れないと思うよ」

 

「ほんと? おじいちゃんになったときに、ふと私の顔を思い出す?」

 

「さあ、どうだろ」

 

「それは照れ隠し?」

 

「言わないでよ」

 

「なんでもお見通しだ…………」

 

 ふわあと、彼女があくびをする。

 

「薬、効いてきたみたい…………」

 

「…………うん」

 

「ね、さっきさ、好きになっちゃうって言ったじゃん…………」

 

「その話、恥ずかしいんだけど」

 

「あ……ごめん…………もうムリみたい…………」

 

「あれ…………ウ……ソ…………だか……ら……」

 

 

「ほんと……は…………もう……………………とっく……に…………」

 

 

 そう言って、彼女は眠った。

 

 後は、土を被せて固めるだけだ。

 

 僕はシャベルを取り出した。

 

 そうしてそれを、ぽいっと投げ捨てる。

 

「よいしょっと…………」

 

 穴の中から、彼女を引き出した。

 

「簡単に死ねると思ったら大間違いだ」

 

 簡単に死なせてやるもんか。

 

 最後のあの言葉で、これから散々からかってやろう。

 

 

 

「だから、そういうところ」

 

 そうして、デコピン。

 

「いたっ」

 

「もっと大胆になること」

 

「なに、それ」

 

「これでヒントはおしまい。後は自分で気づいてみて」

 

 

 

 あのとき、彼女はそう言った。

 

 僕に向かってそう言った。

 

 だから、そうしてやろう。

 

 大胆になってやろう。

 

 否定してやろう。

 

 彼女の死を否定してやろう。

 

 ああ、これは絶対に怒られる。

 

 本気で軽蔑されるかもしれないな。

 

 でも、いいじゃないか。

 

 だって、死んでほしくなんてないんだから。

 

 エゴだって構わない。僕は彼女に絶対に死んでほしくない。彼女がいくら死にたいと言ってここまで来ても、絶対に死なせてなんてやるもんか。

 

 絶対に死なせてやらない。

 

 その代わり、絶対に幸せにしてやる。

 

 大人になってない、しょせん子どもの戯言だ。彼女の傷を受け止めるだけの器なんて僕にないのかもしれない。それこそ、僕のこの行動が、結果的に彼女をより苦しめる結果になるかもしれない。

 

 けれど、そんなのは全部結果論だ。後からなんていくらでも言える。外野は黙ってろ、僕は彼女を救いたいんだ。僕は彼女を幸せにしてやりたくて仕方がないんだ。だからお前らがどう言ったって僕はこうするんだ。彼女が僕に罵声を浴びせようが僕はそれだって全然構わない。僕は彼女に、絶対に幸せになってほしいんだ。

 

 僕は彼女を背負い込むと、ヒマワリ畑の真ん中までやってくる。背の高いヒマアリが四方に咲いていて、ちょうど昇り始めた太陽に照らされていた。

 

 そのとき、僕はこんなことを思った。

 

 ここに咲いてるヒマワリは全部、夜に咲くヒマワリだったんだな。

 

 太陽に顔を向けるヒマワリも、夜の闇に沈むヒマワリも、全部全部同じものだったんだ。どちらか一方なんかじゃ決してなくて、一つのヒマワリが、太陽に顔を向けて、そうして夜に咲いてもいたんだ。

 

 

 僕はそのときになってやっと、これからはちょっとは笑って生きられるようになるんじゃないかなって、そんな希望的観測みたいなことを、ふと思ったりしたんだ。

 

【雑記】ノベルゲーム

高校生の頃、僕はずっとノベルゲームをやっていました。僕の高校はそんなにレベルの高くない高校だったので、勉強に対してはうるさくなく、かつ僕自身文化部に所属していたため時間はたっぷりあったんです。だからもちろん暇を持て余してしまって、中学三年生のときに出会ったノベルゲームを高校まで持ち越してやっていたという話です。

大体ルーティンは決まっていて、まず十二時になるまではテレビを見たりネットをやったりして過ごす。そしてそこから三時までの三時間、ノベルゲームをやる。これが決まったルーティンになっていました。これは平日の話で、休日になると平気で日が上るまでやり続け、その後で昼間まで眠りこけるということをやっていました。大学生になった今から考えると体力的にありえないスケジュールなんですけど、当時の僕はそれを平然とやってのけていたんですよね(といっても、流石に体力が持たなくて授業中はずっと眠りこけていましたけど)

ジャンルは特に拘らず、ひとめぼれしたものを主体にやっていました。key作品、ランスシリーズ、焼き増ししたようなラブコメ(言い方ひどいけど、こういう作品も大好きだったりします)なんかは今でも思い出に残っています。後なにかやったっけ、覚えてないや。多分色々やったんだろうけど、本当につまらなかったのは記憶から抹消されてるので残ってないんですよね。

CLANNADなんかは今でも覚えていて、あれは高二の冬だったと思います。確か一月くらいから始めて、三月に終わったんです。布団にくるまって寒い思いをしながらやったのを覚えています。

なんでCLANNADをそんなに覚えてるかっていうと、さっき言った三時までやるっていうのを思いっきり破りまくってプレイした作品なんですよね。まあ、単純に面白すぎて、毎回三時で終われなかったんです。毎回日が上るまでやって、二時間くらい仮眠を取って高校に行ってました。そして授業中はぐーすかぴー、帰ったら十二時までだらだらしてまた朝までやる。

なんで終わりの時間は破りまくるのに、始まりの時間はいつもきちんと守ってたんでしょうね。これは今でも不思議に思います。いつもちゃんと十二時に始めてました。

まあそんなこんなで、大体三年生になった辺りで、僕も大学に行くってことになりそんな生活は出来なくなりました。だからこんなことをやっていたのは二年間くらいなんですよね。さらにこれにも波があって、半年くらいなにもやらなかった時期もあれば、三ヶ月に何十本もプレイした時期もあったりして、まあなんというか、変なことをしていたなあと思います。実は大学一年の夏休みもこんなことをやってて、そこではkeyの新作をやってたんですよね。これなんか、エモくないですか?

もやもや、ごちゃごちゃ、うにゃー!

悲しいことはもちろんあるし、苦しいことはもちろんあるし、だからうわーっとなって泣いちゃうことももちろんあって、でもそういうのは絶対に間違ってなんかいなくて、そういうのも確かに正しくて、だって楽しいだけなんてありえなくて、うれしいだけなんてありえなくて、楽しいことがあれ悲しいことがあるし、うれしいことがあれば苦しいこともあるし、そういうの全部ひっくるめて、やっぱり大切だなあと思う。

 

 小説とか音楽とか、悲しい話はみんなが共感してくれる。みんなどこかしらに、それぞれの数、それぞれの深さで傷を持っていて、だからこそ、そういったものに共感するし、あるいは慰めになったりするし、人によっては取り返しのつかないような作用をすることだってある。苦しさを、悲しさを共有することは、心を衝動的に揺さぶるもっとも有効的な方法の一つだと僕は思う。だからこそ、みんなはバッドエンドを求める、苦しみを悲しみを求める。そうして、そういったものを作品に求める。そうして自らを激しく揺さぶる。

 

 それは僕もすごく分かる。僕だってそれは理解しているし、自分だってそういう一面がある。ナイーブでリストをカットするような歌(これは比喩的な表現で、実際そういうことをするわけじゃない)を好んで聴いていたし、それで揺さぶられる自分の心に満足感や充実感を覚えていたし、自分は一人じゃない、みんなも苦しんでいるんだという奇妙な連帯感みたいなものを感じて安心をしていた。

 

 でも、いざ自分が小説を書くとなったときに、そういうものが書けないと気づいた。僕はいつの間にかハッピーエンドを書いていたし、彼ら、彼女らに苦しみを与えても、最後には必ず救いを与えていた。

 

 それはニセモノの救いで、それはニセモノのハッピーで、そんなものは存在しなくて、そんなものはまやかしで、だからとことん苦しみを、悲しみを突き詰めるのがホンモノなんだって、そんなことをどこかで思っていた。でも、自分にはそれは絶対に出来なかった。

 

 そのときになってやっと、僕はニセモノでも、まやかしでも、それでも全然構わないから、ハッピーエンドが、救いが、そういうものがほしかったんだなあと分かった。そうしてどれだけニセモノだまやかしだと指を差されバカにされても、それを信じ続けたいんだなと、祈り続けたいんだなと気づいた。

 

 本当の苦しみを忠実に描くことは絶対に間違っちゃいない。だって事実、それは現実に起こっていて、だから正しいって根拠ありきで言えるんだから。ニセモノのハッピーを描くことよりも、ずっとずっと正直な行いだ。

 

 それでも僕は、ニセモノのハッピーエンドを描き続けて、それをホンモノだと信じ続けたいと思う。

 

 

だってなんだか、そっちのほうがすてきじゃない?

初恋の話

 

 中学生のときの話なんて、もう一ミリたりとも思い出したくはない。それだけいやなことがあったし、それだけ苦しいことがあったからだ。でも、思い返してみれば、中学生のときが一番楽しかったのも事実だ。

 

 中学のときの初恋の話を、したいと思う。

 

 彼女の本名を言うことは出来ないので、愛称だったマナという名前でここでは呼ぼうと思う。まあ、僕は彼女のことを、本名で読んだことも、その愛称で呼んだこともなかったのだけど。ねえ、とか、ちょっと、とか、そんな呼びかけで僕はずっと彼女を呼んでいた。だって、とっても恥ずかしかったから。

 

 マナと仲良くなったきっかけはよく覚えていない。気がついたら話していたし、気がついたら仲がよくなっていた。僕らの共通言語はインターネットだった。僕は中学生のときに兄からお下がりのデスクトップPCを譲り受けて、ネットにどっぷりだった。マナは小学生のときからネットにどっぷりで、僕にとってマナは先輩だった。

 

 マナからは色んなことを教えてもらった。掲示板のことだったり、ゲームのことだったり、アニメの違法視聴の仕方だったり…………。

 

 そして、僕はマナからボーカロイドについて教えてもらった。僕も初め、機械が歌を歌うなんておかしいと拒否反応を示していたけれど、慣れるのは一瞬だった。慣れたら慣れたで、ハマるのも一瞬だった。マナは僕にボカロ曲をたくさん教えてくれて、僕も僕で独自に見つけてボカロ曲をマナに教えた。まあ、割合で言ったら、僕が教えたのなんて一割にもいかないけれど。

 

 マナはどこかずれていた。そのずれの正体っていうのは、多分中学生の、思春期特有の、そういう『空気』みたいなものからのずれだったと思う。マナはとても我が強い人物で、自分がこうだと思ったら周りからなにを言われようが決して曲げない性格だった。だからこそ、クラスという枠組みの中ではそれがマイナスに働いた。

 

 いじめられっ子、というほどではない。クラスの厄介者と言ったほうが正しい。マナはそういう立場だった。男子は全員が無視を決め込んで、女子は表面上は合わせて、マナのいないところでは陰口を叩いていた。

 

 でも、マナはそんなことを気にも止めていなかった。そんな空気の中でも、平然と僕に話しかけてきた。ねえ、昨日オススメした曲聴いた? 平気な顔でそんなことを言う。

 

 正直言うと、僕はマナと教室で話をしたくなかった。恥ずかしい話だが、僕は普通でいたかった。僕も厄介者になりたくなかった。いじめられっ子になりたくなかった。

 

 だから僕は、『マナに付きまとわれている可哀想な男子』をクラスでは演じていた。それがたまらなく苦しかった。ずっと謝りたかった。けれど、結局僕は一回たりともマナに謝ったことはなかった。マナもマナで、僕のそんな態度を咎めたりはしなかった。二人でいるときも、クラスで話すときも、マナは変わらない調子で僕に話しかけた。

 

 僕とマナは文化部に入っていた。僕は科学部で、マナは美術部。両方とも部活は午後五時半に終わる。大体の運動部は六時に終わるし、僕の中学では文化部に入っている人間なんてほとんどいなかったので、僕は人目を気にすることなくマナと一緒に帰ることが出来た。

 

 帰り道はいろんなことを話した。愚痴だったり、テストのことだったり、ボカロのことだったり、そういう取り留めもないことを適当に話していた。学校から真っ直ぐ一キロほど下ると、信号がある。そこが僕とマナの分かれ道だった。僕はさらに下って、マナは信号から右へ曲がる。そこからは、お互いに一人だった。

 

 よく、信号機の前でうだうだと時間を潰した。僕は出来るだけ長くマナと一緒にいたかったし、マナもきっと、そう思ってくれていた。確証はないけど、クラスでは仏頂面のマナが、僕の前ではよく笑ってくれた。だから、僕は自信なさげにはだけど、そんなことも言えたりする。

 

 何度変わったか分からない信号を見つめていると、今度あなたの家に行くよ、とマナが言った。僕はうんと頷いた。

 

 次の土曜日、マナは僕の家に来た。僕の部屋に入って、特にすることもなく、いつもの帰り道と同じようにどうでもいい話をし続けた。三時間があんなに短いだなんて、僕はそのときになって初めて気がついた。

 

「そろそろ帰る」とマナが言って、ガラケーで母親にメールを書いていた。僕は覗くのも失礼かと思ったので、マナの髪の毛をずっと眺めていた。肩よりちょっと長いくらい、セミロングの髪の毛。

 

「見て バカイトが送ってくれるの」

 

 そう言って、マナはメールの送信中の画面を僕に見せてきた。そこには、確かにKAITOが手を振りながら揺れていて、上には送信中と書かれていた。

 

 僕は中学一年間を、そういう速度で進んでいった。色々なことがあったし、色々なことがなかった。僕とマナの関係は、一年間でなにも変わらなかった。

 

 一年生も残り二週間となったところで、最後の席替えがあった。そうして僕とマナは前後ろになった。マナが前で、僕が後ろ。運命だと思ったし、今でもあれは運命だと思っている。

 

 最後の二週間、僕は『マナに付きまとわれている可哀想な男子』をやめることにした。マナに積極的に自分から話しかけていった。周りのクラスメイトからは何事かと思われていたかもしれないけれど、そんなことはどうでもよかった。どうでもよくなるくらい、そのときの僕はマナに恋をしていた。

 

 クラスではずっと仏頂面だったマナも、最後の二週間はよく笑った。僕はマナの笑った顔が大好きだった。マナは笑うと、えくぼが出来る。そんなことを、今でも鮮明に覚えている。

 

 長いようで短い運命の二週間が終わって、マナは僕の家にまた来ていた。終業式の前日、突然行っていいと聞いてきたのだ。勿論僕はいいと答えた。

 

 その日もいつもと同じようにして時間を潰した。そうしてあっという間に日は落ちた。

 

 母親にメールを送り、マナは「じゃあ帰るよ」と言った。そのとき僕は、反射的にマナを呼び止めた。

 

 告白をしようと思った。

 

 僕は意を決して口を開いた。あなたが好きですと、そう言おうと思った。けれど、僕はそう言うことは出来なかった。中学一年生の、十三歳の単なる人間に、そんな告白のセリフを言える度胸なんてなかった。

 

「僕、好きな人いるんだけど」

 

 今考えたら、なんとも情けないセリフだと思う。だって、僕と仲のよかった女子なんてマナしかいなかったんだから。それはマナも知っていることだった。だからそんなの、マナが好きだって言ってるようなものだった。

 

 僕がそう言うと、マナは笑ってこう返した。

 

「私もいる。その人が付き合って下さいって言ってくれたら、付き合いたいな」

 

 そう言い残して、マナは僕の部屋から出ていった。

 

 マナと仲のいい男子なんて、僕以外にいなかった。だからきっとそれは、そういうことなんだろう。僕は次になにをすればいいのか、なにをするべきなのか、それはもう分かり切っていた。

 でも、僕はなにも出来なかった。終業式の日、僕はマナといつも通りの会話をして、そうして帰り道を帰って、信号機でうだうだ時間を潰して、別れた。付き合って下さいなんてセリフを、散々頭の中で練習したにも関わらず、僕は最後の最後でそうしてしまった。

 

 遠ざかっていくマナの後ろを追いかければよかったのかもしれない。大声を出して振り向かせればよかったのかもしれない。けれど、僕にはなにもできなかった。僕はそのまま一人で家まで帰って、なにも考えずにベッドに横になった。

 

 二年生になり、僕とマナは別々のクラスになった。そうして自然と、一緒にいることも、話をすることもなくなっていった。廊下ですれ違っても、マナは僕のことを見もしなかった。僕はずっと、マナのことを目で追っていたけれど、中学を卒業するまでに、一度たりとも目が合わなかった。

 

 そうしていつのまにか二年間という月日が流れて、あっという間に高校受験をし、あっという間に高校に合格し、僕は高校生になった。マナのいない二年間は、正直なにも覚えていない。なにかあったのかもしれないけど、きっとなにもなかったのだ。

 

 マナがどこの高校に行ったのかは知らない。そうして今なにをしているのかも知らない。マナは僕以外に友達がいなかったから、そういううわさ話みたいなものもなかった。 

 

 中学二年生のある日、僕はとある曲に出会った。164さんの『天ノ弱』という曲。

 

 

「まだ素直に言葉に出来ない僕は 天性の弱虫さ」

 

 

 そんな歌詞を、僕は泣きながら追っていた。

 

 まるで、僕じゃないか。

 

 

「この両手から零れそうなほど 君に渡す愛を誰に譲ろう?」

 

「そんなんどこにも宛てがあるわけないだろ」

 

 

 僕はあと一カ月もしないうちに二十歳になる。もうあれから七年も経つのだ。

 

 それなのに、いまだにこんな初恋のことを忘れられないでいる。

 

 僕はカラオケに行くと、よく天ノ弱を歌う。僕らの世代では流行った曲だから、結構盛り上がる。おー天ノ弱かあ、懐かしーと言って、友人たちははしゃぐ。

 

 でも僕だけは、盛り上がっている友人たちに隠れるように、少しだけ俯いて、いまだにマナのことを考える。

 

 

  

https://i.pximg.net/img-original/img/2011/05/31/00/19/20/19280378_p0.jpgwww.youtube.com 

 

 

 

 

真冬のクリスマスツリー(短編小説)

 東京の冬は寒い。

 

 そう思いながら、僕はナチス・ドイツのそれによく似たトレンチコートに手を突っ込んだ。右にはウォークマンが入っていて、左には包装紙に包まれたまだ噛んでいないミントガムが三粒入っていた。僕はウォークマンから伸びているタコ糸のようなイアフォンを右手で弄りながら、左手でミントガムの包装紙を一つ剥がした。右手は突っ込んでタコ糸を弄ったまま、ミントガムを口の中に放り込む。

 

 ミントガムはミントの味がした。当たり前だ。僕は失敗したと思った。冬の寒さにミントガムの相性は最悪だった。脳みそが変な薬品に漬けられているような気分になる。

 

 けれど、せっかく噛んだんだから噛み続けようと思った。しばらく噛んでいると、次第に不快感は和らいできた。なにごとにおいてもそうだ。不快なのは最初のその瞬間だけ。慣れれば不快感など感じることはない。それはどんな場面においても。

 

 僕は目の前のクリスマスツリーを眺めた。電飾のコードに首を絞められている悲惨なツリーだ。カラフルな鈴が取り付けられていて、通りすがりの子どもたちがそれを面白がって鳴らす。鈴は鳴る。

 

「どうしてクリスマスには、クリスマスツリーを飾るのだろう」

 

 僕が一人でそう呟くと、何人かの通行人が僕の方をちらりと見た。僕はその視線から隠れるように、下を向いて大きく一度息を吐いた。

 

 息は真っ白に凍っている。東京の冬は寒い。どうやらそうらしい。東京のクリスマスは寒い。どうやらそうらしい。なんてことをぼんやりと考える。

 

 僕は立ち上がって、クリスマスツリーの前に行った。近くで見ると、その木は処刑を待っているフランスの貴族かなにかに見えた。民衆がありがたがって眺めるのも分かる。いわばこのクリスマスツリーは現代のマリー・アントワネットだ。ぐるぐる巻きの。

 

 僕も子どもたちと同じように、カラフルな鈴をいくつか鳴らしてみた。鈴はどれも同じ音がした。きれいではないが、汚いわけでもない。そういう音だ。

 

 僕は木に吊り下げられているものを片っ端から見いった。鈴、帽子、靴下、綿、キャンディー、テープ。そういう類のものだ。

 

 そうして最後に、木の根元付近に下がっていた、短冊のようなものを僕は見つけた。短冊だと思ったけれど、よく見るとそれはただの付箋紙だった。様々な装飾品に複雑に絡み合って、その付箋紙はそこにあった。

 

 僕はそれをよく見てみた。付箋紙には、やけに角のない、丸みのある字でこう書かれてあった。

 

「A very Merry Xmas」

 

 なるほど。どうやらそれでいいらしい。それがいいらしい。それが、クリスマスにクリスマスツリーを飾る理由らしい。

 

 僕はそのまま一つだけあくびをして、家に帰るため歩みを進めた。付箋紙はいつまであそこに下がっているのだろう。あのクリスマスツリーはいつまであそこに突っ立っているのだろう。そんなことを考えながら、僕は真冬のクリスマスの街中を一人歩いた。

 

『イリヤの空、UFOの夏』(第三種接近遭遇、ラブレター) 所感、応用 

 


僕がライトノベルで一番好きな作品こと『イリヤの空、UFOの夏』についての記事です。主に文章表現についての個人的な所感と自小説への応用についてなので、小説を書いている人向けというか、ワナビ向けというか、純粋な消費者向けのブックレビューではありません。ネタバレも多用です。

 

 この記事で扱うのは、一巻、そして+αまでです。本当は本を取り出して何ページと指定し引用しながらやりたかったんですが、残念ながら現物を今貸し出していて手元にございません。ですので、カクヨムで無料公開されている分だけを扱おうと決めました。

イリヤの空、UFOの夏(電撃文庫) - カクヨム

 

以下、~で囲ったところは引用になります。

 

 

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第三種接近遭遇1/9より

 

 

 北側の通用門を乗り越える。

 

 部室長屋の裏手を足早に通り抜ける。

 

 敵地にせんにゆうしたスパイのような気分で焼却炉の陰からこっそりと周囲の様子をうかがう。田舎いなかの学校のグランドなんて広いだけが取り柄で、何部のヘタクソが引いたのかもよくわからないぐにゃぐにゃした白線はひと夏がかりで散々にみにじられて、まだやみに慣れきっていない目にはまるでナスカの地上絵のように見える。右手には古ぼけた体育館、正面には古ぼけすぎて風格すら漂うそのはら市立園原中学校の木造校舎、そして左手には、この学校にある建造物の中では一番の新参者の園原地区第四防空壕シエルター。あたりは暗く、当たり前のように誰の姿もなく、遠くの物音が意外なほどはっきりと耳に届く。いつまでも鳴り続けている電話のベル、何かを追いかけているパトカーのサイレン、どこかで原チャリのセルモーターが回り、誰かがジュースを買って自販機に礼を言われた。ふと、夜空にそびえ立つ丸に「仏」の赤い文字が目に入る。つい最近になって街外れにできたぶつだん屋の広告塔だ。気分がこわれるので、見なかったことにする。

 

 校舎の真ん中にある時計塔は、午後八時十四分を指している。

 

 そんじょそこらの午後八時十四分ではない。

 

 中学二年の夏休み最後の日の、午後八時十四分である。

 

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 まず初めに、乗り越える、通り抜けると言った後に、突然の長ったらしい状況説明。改行もせずにだらだらと続く。そこでは主人公浅羽の個人的な思考と浅羽の見ている景色の状況説明が引っ切り無しにぽんぽんと飛び出してくる。そうしたかと思うと、今度は校舎の真ん中にある時計塔に状況はうつり、そこでは改行を用いて、午後八時十四分という時間が、そうして夏休み最後の日というのがどれだけ重要なのかを印象づけている。僕が初めて読んだときは、正直長ったらしい状況説明で頭の中はごちゃごちゃとして、上手くそれを映像化できなかった。しかし次の三文で、取っ散らかった情景が、校舎のど真ん中の時計塔、午後八時十四分で、ピタリと止まった。

 

 この「思ったこと、まとまっていないことを、まとまっていないままアクセル全開で吐きだし、直後にブレーキを踏み重要なことを印象づける」というのはなるほどと思った。これはどんな場面にも応用できる。緊迫した場面で余計な情景や思考まで描写し、印象づけたいなにかの前でブレーキを踏む。そうすると、その印象づけたいなにかはスルリと脳内に入って来る。

 

 

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第三種接近遭遇1/9より

 

 

 ーーだって先生、仕方なかったんです。ぼくは夏休みの初日にUFOにさらわれて、月の裏側にあるピラミッドに連れて行かれたんですから。そのピラミッドはやつらの地球侵略のための秘密基地で、ぼくが押し込まれたろうにはぼく以外にも世界各国から同じように連れ去られた七人の少年少女がいました。ぼくらはその牢屋から脱走して、奴らの光線銃を奪って大暴れして、ついにピラミッドをかいしてUFOで脱出して、昨日の夜にやっと地球に戻ってこれたんです。宿題をやってるヒマなんかなかったんです。だけど、ぼくらのおかげで人類は滅亡から救われたんだし、こうしてぼくと先生の今日という日もあるわけです。いえ違います、ですからこれは日焼けじゃなくて、UFOの反重力フィールドによる放射線ばくです。ほらよく見てくださいよ、第五ふくりゆうまるみたいでしょ?

 

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夏休み最終日の焦り、そうして中学生特有の意味不明な思考というものを見事に表現していると思う。これを見ただけで浅羽の心臓がどれだけのペースで動いているのか分かるし、最後の第五福竜丸でこの文節に上手くオチもついている。

 

 

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第三種接近遭遇2/9

 

 

まず、たて25メートル横15メートルの、当たり前の大きさのプールがそこにある。幻想的なまでにいだ水面そのものよりも、何光年もの深さに映り込んでいる星の光に目の焦点を合わせる方がずっと簡単で、まるでプールの形に切り取られた夜空がそこにあるように見える。更衣室のくらやみから出てきたばかりのあさの目に、その光景は奇妙なくらいに明るい。奇妙なくらいに明るいその光景の中で、女の子は浅羽に背を向けて、プールの手前右側の角のところにしゃがみ込んで、傍らの手すりをしっかりとつかんでいる。スクール水着を着ている。水泳帽をかぶっている。真っ黒い金属のような水面をひたむきに見つめている。

 

 だれだろう、とすら思わなかった。

 

 あまりにも意外な事態に出くわして、何も考えられなくなってしまった。

 

 まるで棒っきれのように、浅羽はただその場に突っ立っていた。

 

 誰にも見つからないように気をつけてはいたが、どうせ誰もいはしないと高をくくっていたところもある。更衣室のドアだって無理矢理開けたし、足音ひとつ立てずに歩いてきたというわけでもない。その女の子が最初からずっとそこにいたのなら、そうした物音が聞こえなかったはずはないと思う。なのに、少なくとも見る限りでは、女の子が浅羽の存在に気づいている様子はまったくない。浅羽に背を向けたまま、身動きもせずにひたすらプールの水面を見つめている。その背中には言い知れぬ真剣さが、これから飛び降り自殺でもするかのようなきんちようかんが漂っている。

 

 女の子が動いた。

 

 右手で手すりにしっかりとつかまりながら、左手を伸ばして水面に触れた。

 

 何かの実験でもしているかのような慎重さで、女の子は指先で小さく水をかき回す。木の葉一枚浮かんでいない水面に波紋が幾重にも生まれ、波紋はレーダー波のように水面を渡って、プールのふちに行き着いて反射する。その様子を、女の子はじっと見つめている。

 

 誰だろう。

 

 やっとそう思った。

 

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 これもアクセルとブレーキの使い方が本当にうまい文の典型例だ。そして僕が一番驚いたのは、女の子が作った水の波紋をレーダー波と表現したところ。この後読み進めていけばそうしたのも頷けるが、この段階では女の子は幻想的で不可思議な女の子でしかない。その女の子が作った波紋を「レーダー波」という現実的な表現にすると、いささか場違いなんじゃないかとも考えられる。しかし、決してそうではない。確かに文章中のレーダー波という表現は違和感なくスルリと入り込んでくる。面白いことに、レーダー波という現実的な表現が、ここでは非現実的なものとして作用している。

 

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第三種接近遭遇5/9

 

 

そのはら中学校の三年二組にすいぜんくにひろという実にハイスペックな男がいる。出席番号は十二番で、十五歳にして175センチの長身で、全国模試の偏差値は81で、100メートルを十一秒で走り、顔だってまずくはない。

 

 が。

 

 この人はエネルギーの使い方を生まれつき間違えてるんだよな、とあさはいつも思う。

 

 なにしろ、進路調査表の第一志望に本気で「CIA」と書く男である。

 

 三年二組で十二番で175センチで81で十一秒に加え、すいぜんくにひろは自称・そのはら中学校新聞部の部長兼編集長でもある。なぜ「自称」なのかというと、新聞部は学校側に公式に部として認められていないからだ。メンバーはずっと三年生の水前寺と二年生の浅羽の二人だけだったが、この春に浅羽と同じクラスになったどうあきが何を思ったか「あたしも入ろっかな」と乱入してきた。

 

 

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この人物説明を見たとき、僕は文字通り雷が落ちるような感覚を味わった。長々と冗長な人物説明は腐るほど見てきたが、こんな短い説明でこれほどまで水前寺という人物の特徴が脳内に叩き込まれ、さらに理解させられたのは初めてだった。人物説明のいい教材だと思う。

 

 

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ラブレター 1/19

 

 

 そうに決まっていた。

 

 あの子は宇宙人だ。やっぱり部長は正しかった、そのはら基地はUFOの基地なのだ。宇宙のなたからやって来たUFOが秘密裏に着陸するための場所なのだ。宇宙人と政府の偉い人たちが同じテーブルで話をしているのだ。来るべき「開戦の日」に備えるために、政府の偉い人たちは宇宙人の進んだ技術を手に入れようとやつになっているに違いない。ところが、宇宙人たちはヘリウムガスを吸ったような声で「アナタ方人類ガ戦争ノ放棄ト世界平和ヲ実現シタソノ暁ニスベテノ技術ハ提供サレ、地球ハ宇宙社会ノ一員トナルノデス」とか何とか言うのだ。どの本を読んでもそうだ、宇宙人というのはなぜか地球の平和をすごく気にするのだ。宇宙人たちは北の偉い人たちとも同じような話をしているに違いない。戦争がいつまでたっても始まりそうで始まらない理由もそれだ。どちらの陣営にとっても宇宙人の技術は決定的な切り札になり得るから。事を起こすのならそれを手に入れてからにしようと両方が思っているから。こうちやく状態は長く続き、そして宇宙人たちはついに具体的な行動に出た。人類社会のありとあらゆる場所に人間に化けた無数のエージェントを放ったのだ。彼らの任務はひとつ、人類の本性をその目で直接確かめること。果たして人類は平和を愛する知的な種族なのか、それとも同胞殺しに明け暮れる野蛮な種族なのか。もし調査の結果が後者と出れば、地球はすぐさまUFOの超兵器で木っ端じんにされてしまうのだ。絶対そうだ。と名乗るあの女の子もエージェントのひとりなのだ。

 

「中学生」担当の。

 

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 これはアクセルのいい例である。よくこんな文を書けるなと読むたびに戦慄する。

 

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ラブレター4/19

 

「ーーそれ、その質問って、絶対に六月二十四日じゃなきゃいけないんですか?」

 

 答えではなく、質問が返ってきた。

 

「気分が悪くなったとき、どうが早くなったりとかは?」

 

「ーーそれは、なかったと思います」

 

「球形プラズマ、しんろう、観測気球。あなたが写真にるとしたらどれ?」

 

「ーーあの、」

 

「マンテル。チャイルズ=ウィッティド。その次は?」

 

 聞き覚えがある。答えが頭の中から転がり出てくる。UFOもくげき史上における三大事件。マンテル大尉ついらくチャイルズ=ウィッティド目撃、

 

 だから三番目は、ゴーマン空中戦。

 

「気分が悪くなったとき、目の前が真っ白になったり、ちかちかする光が見えたりした?」

 

「ーーいえ」

 

「さっきからずっとあなたの後ろにいるのはだれ?」

 

 身動きもできない。

 

「幻覚やげんちようは? 自分の手の指が七本あるように思えたり、誰かがあなたの臓器を抜き取る相談をしている声が聞こえたりはしなかった? せんアダムスキーせきずい受信体、って言葉に聞きおぼえがある気はする?」

 

 保健室の外で、セミが鳴いている。

 

 ーー何なんだ、この人。

 

 窓の外には、物の輪郭を白く溶かすほどの夏の日差しが満ちている。

 

 保健室の中はうす暗く、不自然なくらいに涼しく、古びた薬の匂いがかすかに漂っている。窓際のカーテンが音もなく風をはらんでゆうれいのようにはためく。そこかしこに目につく赤十字のマークはせい者を安心させるためのわななのかもしれない。喫煙の害を説く掲示物と病巣にまみれた肺のカラー写真、手術室を思わせるタイル張りのかべ、温かみのまるで感じられないベッド、戸棚の中に並ぶ毒々しい色のガラスびん、血も涙もない大きなピンセット、取りつく島もないだいとう製薬の蒸留水、何百人分ものしやぶつを受け止めて表情ひとつ変えなかった白い洗面器。

 

 考えてもみろ。

 

 くろ先生は、いつの間にかいなくなっていた。

 

 病気りようようのための長期休暇。

 

 あんなに元気そうだったのに。

 

 代わりにしい先生がこの学校にやってきて、あっという間に人気者になってしまった。

 

 すべては、宇宙人のいんぼうなのではないか。

 

 ここは、薬の匂い漂うせいけつな地獄ではないのか。自分の目の前にいるこの人も、実は宇宙人の手先ではないのか。椎名先生は確かによく見ればすごい美人だし、話のわかる感じだし、男子にも女子にも人気があるけれど、誰も見ていないところでは頭がぱっくり割れてそこから触手がびゅるびゅる飛び出したりしているのではないか。夜になるとこの保健室にはUFOが連れ去ってきた人々が運び込まれ、スリッパぺたぺた触手びゅるびゅるの椎名先生が血しぶき飛び散る恐ろしい人体実験を

 

「ーーあさくん? ねえ浅羽くんどうしたの!? また気分が悪いの!?」

 

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 明らかにおかしい問診。現実空間の保健室にいながら、明らかに非現実にいる。けれど、すぐに椎名先生は浅羽の容態に気がついて、浅羽は一気に現実空間に引き戻される。この一瞬の非現実で、この物語が単純には進まない、言うならばミステリー的な仕掛けもほどこされているというのが一瞬で分かってしまう。ここで僕は一気に感情が地の底に落とされて、いわれのない恐怖のようなものを感じた。けれどそれは一瞬のことで、すぐに元に戻っていってしまう。その恐怖はずっと残るけど、後はその恐怖の正体もよく分からないまま進んでいってしまう。心のどこかにおかしな引っ掛かりを感じたまま、物語は進むのだ。

 

 

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 ラブレター13/19

 

 

 伊里野は、浅羽の手をつかんだ。

 

 そして、その手にものすごい力がこもった。

 

 周囲の誰もがおどろいて見守る中、伊里野は跳ね起きて、浅羽の手を引いて走り出した。教室を飛び出し、廊下を駆け抜ける。

 

「ど、どうしたんだよ!? ちょっと待ーー」

 

 それ以上は言葉にならず、伊里野も聞く耳を持たない。浅羽の手を引いて伊里野は走り続ける。けんめいに足を動かしているはずの浅羽をなお引きずるような、とんでもない速さだった。防空委員の指示で、あちこちの教室から生徒たちが廊下にぞろぞろと出てくる。のろのろとかべぎわに並び、もたもたと床にうずくまってカメになる。たいばく姿勢。生徒手帳の63ページ、「有事ノ際ニハ」の項で図解されている通りの姿勢。核ばくげきの一次しようげきをやり過ごすために。戦争が始まっても生き延びられるように。

 

 サイレンは鳴り続ける。

 

 走り続けていたが、廊下に居並ぶカメどもの真っ只中でいきなり足を止める。

 

 信じ難いものを見る目つきでカメの群れを見渡し、絶望した心をなお振り絞るような大声で叫ぶ。

 

 何をしているのか、と。

 

 そんなことをして何の役に立つのか、と。

 

 立ち上がって走れ、死にたくなかったら自分の後に続け、と。

 

 だれひとり立ち上がらない。すぐそばにいるカメが大声におどろいて顔を上げ、「なにさわいでんだこいつ」程度の目つきで伊里野を見上げる。

 

 それは、奇妙な光景。

 

 それは、あさがこれまで一度も見たことのなかった光景。

 

 それは、これまではずっとカメになるばかりだった浅羽が初めて目にする、身の丈の高さから見下ろす防空訓練の光景。伝統的に散らかった廊下に居並ぶカメの列はこうして立ち上がって見ると思いのほかこうしており、積み上げられたダンボール箱や掃除用具のロッカーの陰などには必ず数匹のカメが互いの肩をぶつけるようにして身を寄せ合っている。見ればひと目でわかる。おそらく無意識のうちの行動なのだろうし、本人たちに問いただしてもそんなつもりはないと否定するだろうが、ダンボール箱や掃除用具のロッカーの陰に隠れれば、そのはら基地の上空でさくれつする核弾頭の爆圧から身を守るせめてもの足しになるのではないかと心のどこかで思っているのだ。走り抜けてきた廊下のずっと向こうにかわぐちたいぞう三十五歳独身がいて、おい何してるんだそこの二人、お前らもさっさとかべぎわにうずくまってカメになれ、両腕を振り回してそんなことを叫んでいる。今の浅羽には、河口のその姿がれいのカメをこき使う獄卒か何かのように見える。

 

 ーーそう言うあんたこそなぜカメにならない。

 

 浅羽は、そう思った。

 

 このサイレンが鳴り始めたしゆんかん、あんたはどうした。ほかの連中と同じように凍りついていたんじゃないのか。訓練だと気づいた今でこそデカい顔をしているが、そうやって偉そうに怒鳴る以上は本物のサイレンが鳴ったときにも同じようにしていられる自信があるんだろうな。まさか、何もかも放り出して一目散に逃げ出したり、ダンボール箱やロッカーの陰にいる生徒を押しのけて自分がカメになったりはしないよな。大体、この廊下の光景を見ておかしいと思わないのか、何かが間違っていると思ったことは一度もなかったのか。これまでずっと、防空訓練があるたびに、この廊下の光景をその身の丈の高さから見下ろしてきたくせに、いまさらあんたにカメになれなんて指図されたくはない。

 

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浅羽の真っ白な頭に響く伊里野の声と、その後の爆発したような思考がまるでコントラストのようになっている。張り詰めた糸のような、尖ったナイフを首元に突き立てられているような緊張感、閉鎖感。焦燥今まで正しいと思っていたものがふとしたきっかけでおかしいと気付き、それに対してまくしたてるような思考。カメのようにうづくまっていることが絶対的におかしいと気付いたときの胃酸が逆流するような嫌悪感。そんなものが、この文の中にぎゅっとつまっている。

 

 

以上です。ほんとこの作品は読み返すたびに新たな発見がありハッとさせられます。そうして何物にも代えがたい圧倒的な文章表現。僕はこの作者の表現を意識して小説を書いているのですが、足元にも及びません。今こうして記事を書く上でもう一度読み直しましたが、本当に圧倒的過ぎて笑うしかありませんでした。これを機に、イリヤの空、UFOの夏を読んだことがない人は、ぜひ読んでみてはいかがでしょうか。僕のモスト・フェイバリット・ラノベです。後悔は絶対しません。

 

 

 

 

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